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東京地方裁判所 平成4年(ワ)4778号 判決

原告

宮本信太郎こと崔順完

被告(甲事件被告)

安田火災海上保険株式会社

(乙事件被告)

高松市場運送株式会社

ほか一名

主文

一  甲事件被告は、原告に対し、金一四二万円及びこれに対する平成四年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件被告らは、各自、原告に対し、金三六〇万円及びこれに対する平成元年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを八分し、その七を原告の、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  (甲事件の請求)

甲事件被告は、原告に対し、金一〇九一万円及びこれに対する平成四年四月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  (乙事件の請求)

乙事件被告らは、各自、原告に対し、金三〇六〇万一五五三円及びこれに対する平成元年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、名神高速道路上で大型貨物自動車が普通貨物自動車に追突したため、普通貨物自動車の同乗者が、大型貨物自動車の運転者及び保有者に対し人損について賠償を求め、かつ、大型貨物自動車の自賠責保険会社に対し自賠法一六条に基づき右損害のうち後遺障害に因るものにつき保険金額の限度で直接請求した事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成元年一二月一二日午後二時二五分ころ

事故の場所 滋賀県坂田郡山東町柏原地先、名神高速道路下り線三九六・七キロポスト

加害者 乙事件被告木下雅俊(以下「被告木下」という。加害車両を運転)

加害車両 乙事件被告高松市場運送株式会社(以下「被告会社」という。)所有の大型貨物自動車(香川八八か二〇四一号)

被害者 原告。被害車両である普通貨物自動車(滋一一て一一六号)に同乗。

事故の態様 前示高速道路において、被告木下運転の加害車両が被害車両(訴外崔順成が運転し、原告が同乗。)に追突し、その結果、被害車両は付近のガードワイヤーを破り、約三メートル下の高速道路の法面下に落下した。

事故の結果 原告は、外傷性頸部症候群、頭部外傷、頸椎捻挫、腰部打撲の病名の傷害を受けた。

2  責任原因

被告木下は、加害車両を運転中、前方安全確認を怠つて被害車両に追突したから民法七〇九条に基づき、また、被告会社は、加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していたから自賠法三条に基づき、それぞれ本件事故について損害賠償責任を負う。

甲事件被告(以下「被告保険会社」という。)は、自賠責保険及び政府の委託を受けて自動車損害保障事業を目的とする会社であり、本件事故当時、被告会社との間に加害車両について自賠責保険契約を締結していた。

3  損害の填補

被告保険会社は、平成三年四月一八日、原告に対し、保険金七五万円を支払つた。

三  本件の争点

本件の争点は、原告の損害の程度及び損害額である。

1  原告の主張

原告は、本件事故により、外傷性頸部症候群等のため、神経系統に障害を来たし、頑固な頸肩痛、右上・下肢知覚異常、めまい、焦燥感等を残すほか、左耳五三デシベル、右耳四九デシベル、最良明瞭度五〇%以下の難聴となつた。そして、前者の神経障害は自賠法施行令別表の後遺障害別表等級一二級一二号に(以下においては、単に等級のみを示す。)、難聴は七級二号にそれぞれ該当し、併合により六級の後遺障害を受けたこととなる。

このため、原告は次の損害を受けたから、被告会社及び被告木下に対して、右損害の賠償を請求し得る。

(1) 逸失利益 一四六一万一五五三円

原告は、有限会社宮本建設の代表取締役であり、年収五九三万一三八〇円を得ていたところ、同会社に対する原告の寄与度は七二・四四%であり、後遺障害による労働能力喪失率六七%、就労可能年数六年(ライプニツツ係数五・〇七五六)であるから、五九三万一三八〇円×七二・四四%×六七%×五・〇七五六として計算した額である。

(2) 慰謝料 一三二一万〇〇〇〇円

入通院慰謝料一五五万円と後遺症慰謝料一一六六万円の合計額である。

(3) 弁護士費用 二七八万〇〇〇〇円

また、被告保険会社に対しては、一二級の保険金二一七万円と七級の保険金九四九万円の合計一一六六万円を請求し得る。

2  被告らの主張

原告が本件事故により受けた傷害は、軽度なものであり、仮に神経障害を残したとしても、一四級一〇号程度である。また、難聴については、原告が本件事故当時六九歳と高齢であつて老人性による難聴、又は原告の聴力検査の結果から心因性による難聴とも考えられ、本件事故との因果関係を否認する。仮に、右因果関係が肯定されるとしても、本人尋問において補聴器を付けなくても通常の尋問が可能であつたように、右難聴は後遺障害と認めるに足りる程度のものではない。

第三争点に対する判断

一  原告の治療経過等について

1  甲一の3、4、二ないし六、七の1、2、一一、一二、一八、二四、三三、三五ないし四〇、四一の1ないし4、四二、四三、乙一、二の1、2、三の1ないし6、九、一〇、原告本人(後記採用しない部分を除く。)に前示争いのない事実を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 原告は、本件事故のあつた平成元年一二月一二日、弟の崔順成運転の被害車両に同乗して名神高速道路を走行していたところ、被害車両は、加害車両の追突により前方左のガードワイヤーを破り、約三メートル下の高速道路の法面下に落下した。右追突により、原告は後方から強いシヨツクを受けたが、落下後、弟順成の意識を取り戻させ、また、自力で被害車両の外に出ることが可能であつた。

事故当日及び翌一三日に、関が原病院において頸椎捻挫、腰部打撲、左顔面打撲の傷病についての治療を受けたが、頭部及び腰椎のレントゲン撮影では骨折は認められず、また、原告からは耳なりや難聴の訴えはなかつた。原告は、本件事故の三日後の同月一四日から材木の伐採現場で人夫の手配等の仕事を開始した。

(2) 同年一二月一六日からは、伐採現場近くにある日野中央病院に通院した。同年内は、二二日及び二七日も通院したが、頭部打撲、腰部打撲、頸椎捻挫により頸部痛及び頸の動きに障害があり、頭がぼやつとする状態であつた。初診時は耳なりや難聴の訴えはなかつたが、二二日の通院では医師からの問いに答える形で原告は耳なりを訴えている。翌年一月に一度、二月に二度診療を受けたが、頸部痛が持続し、左下肢や右下肢にむくみや痛みがあつた。一月以降の通院では耳なり等を訴えておらず、難聴が後遺するような他覚的所見や訴えもなかつた。なお、同病院でも、頭部及び腰椎のレントゲン撮影や頭部のCT撮影をしたが、その医学的な所見については、診断書や診療録に記載されていない。

(3) 原告は平成二年一月二六日から同年二月一〇日までの間に合計一〇日間、宇都宮市の滝澤クリニツクに通院したが、そのときの原告の状況につき、同クリニツクの滝澤医師は、同年七月二六日作成の診断書において、傷病名を外傷性頸部症候群、頭部外傷、腰部打撲とし、めまい、頸肩腕神経症候群、後頭交感神経障害等を呈したとしている。七月二六日以降に時期は定かでないが、原告は同クリニツクへの通院を再開し、平成三年三月三〇日までの間に合計三二日、同クリニツクに通院した。同年四月四日作成の診断書において、同医師は、局部の神経障害(頸肩腕神経障害、後頭交感神経障害)に他覚的所見頑固に認むとの診断をしている。

なお、原告は、平成二年三月三日と七日に宇都宮市にある済生会宇都宮病院整形外科に頸部捻挫、腰部捻挫の傷病名で通院したが、腰痛、右下腿痛、下肢浮腫、頸部痛の自覚症状があるものの神経学的な所見は乏しいとされ、同月三日には症状固定していると診断されている。

(4) 原告は、本件事故前は聴力の減退等の耳の異常を感じたことはなかつたが、本件事故後徐々に耳なりが増し、また、耳が聞こえづらくなつたため、平成二年四月九日から平成三年七月三一日までの間に合計三四日、済生会宇都宮病院耳鼻科に通院した。耳の内部を診察しても損傷らしき異常は認められなかつたが、初診時の平成二年四月九日における聴力検査では、会話音域の平均聴力レベル(気導値による。以下同じ。)では左右ともに四〇デシベル(六分法による平均聴力レベルでは左右とも四七デシベル)、両耳の語音明瞭度五〇%以下の結果であり、感音性難聴と診断された。平成三年二月二一日に同病院で聴力の再検査が行われ、同日以降、同月二八日、三月六日、六月二六日、七月三日とそれぞれ検査が行われたが、それらの結果は、両耳とも高音になるに従つて聴力レベルは下がるが、四キロヘルツで最低となり、八キロヘルツでやや回復するとの高音障害デイツプ型風のオージオグラムの型を示し、六分法による平均聴力レベルでは、右耳は二月の五七デシベルから七月の四九デシベルへとデシベル数が漸減し、左耳は二月から七月を通じて五七デシベルから五二デシベルの間を往来する状況であり、気導値と骨導値との比較では、検査の時によつてほぼ同一であつたり、前者のほうが良かつたり、後者のほうが良かつたりして、一定していない。同病院の耳鼻科担当の日下田医師は、平成三年三月六日に原告の症状は固定したものとして診断している。

なお、原告は、栃木県から難聴を理由に四級の身体障害者と認定され、平成二年一一月二六日に身体障害者手帳を、平成三年一月二九日に補聴器をそれぞれ交付されているが、普段は補聴器を使用しておらず、また、原告本人尋問においても、補聴器を使用することなく尋問に応じている。

以上の事実が認められる。右認定事実に反する原告本人の供述は前掲各証拠に照らし、採用しない。特に、原告は、本件事故直後からめまい、耳なりがひどく、横になると天地がひつくりかえるような状況であつたと主張し、甲二七(原告の陳述書)及び原告本人の供述にはこれに沿う部分があるが、これらは乙九、一〇に照らし、採用しない。これ以外に右認定に反する証拠はない。

2  右認定の事実に基づき、原告の本件事故による傷害の内容及び程度を検討する。

まず、難聴以外の点を見ると、関が原病院、日野中央病院、済生会宇都宮病院整形外科のいずれにおいても、頸椎捻挫や腰痛等は自覚症状のみがあり、レントゲン撮影や頭部CT撮影の結果を含め、他覚的所見は認められていない。滝澤クリニツクの診察については、同クリニツクの診療録が証拠として提出されていないため詳細は不明であるが、平成二年一月二六日から同年二月一〇日までの間の診察では、めまい、頸肩腕神経症候群、後頭交感神経障害等を呈したとされている。しかし、その後、原告は、済生会宇都宮病院整形外科に同年三月に二度通つたのみで、暫くの間、頸部痛等について治療を受けていないのであつて(同年四月からは済生会宇都宮病院耳鼻科に通院していて、これらの部位の傷病が持続するようであれば、同病院の整形外科に容易に通院し得たはずである。)、これらの症状があつたとしても、労働には差し支えず、頑固なものではなかつたと推認されるところである。もつとも、原告は、七月二六日以降に同クリニツクへの通院を再開し、平成三年三月三〇日までの間に合計三二日間通院し、同年四月四日に作成された診断書において、滝澤医師は、原告の症状につき局部の神経障害(頸肩腕神経障害、後頭交感神経障害)に他覚的所見頑固に認むと診断している。同診断書においては、自覚症状として「頑固な頸肩痛、右上下肢知覚異常、めまい、頭重が持続時に扁頭痛、易労、作業能力低下」が、他覚症状および検査結果として「・脳波検査にて著明な後頭位左右差(位相・電位)・上肢反射にて右上腕二頭筋にて亢進、握力低下・後頭神経圧痛点、大小神経共に右側〈+〉(精神・神経の障害)多数の神経症状の他に焦燥、気分変易、精神運動性及び行為抑制を常時認め、その神経症状が作業能力の低下となり就労にかなりの制限をうける」との所見が示されているが(甲一の4)、脳波や握力について、いつの検査でどの程度の差異があるのか等について一切示されておらず、精神・神経の障害に関する記載も、右記載のみでは自覚症状を記したものと大差はないものというべきである。また、仮に頸肩腕神経障害や後頭交感神経障害が存在するのであれば、他の病院においても他覚的所見が認められるはずであるのに、これを欠く。これらの点に前示の原告の受傷後の就労状態、頸部痛等に対する通院経過を総合すれば、右滝澤医師の平成三年四月四日作成の診断書に基づき原告に局部に頑固な神経症状を残す(一二級一二号)と認めるのは困難である。ただ、原告が受診したすべての病院で自覚症状を残すことは否定されておらず、本件事故の状況や前示の原告の症状に鑑みれば、本件事故により局部に神経症状を残すこととなつた(一四級一〇号)と認めるのが相当である。

3  次に、本件事故と難聴との間の因果関係を検討すると、原告の難聴の治療に当たつた日下田医師は、原告を診察治療した結果の所見として、老人性難聴や心因性難聴の可能性を否定し、原告の難聴は交通事故による頭部打撲によるものと思われるとの診断を下している(甲一六)。これに対し、被告らは、原告が難聴を訴えた時期が事故後四カ月を経ていること、オージオグラムの測定値が受傷後一年を経過しても一定していないこと、感音難聴を裏付ける聴覚経路上の器質的損傷も見られないこと、難聴の原因は老人性難聴や心因性難聴以外にも多くあり、原告の難聴が本件事故によるものということができないことを理由に本件事故との因果関係を否定する。しかし、前認定の事実のとおり、原告は、本件事故の一〇日後に日野中央病院で耳なりを訴え、また、平成二年一月二六日から同年二月一〇日までの間の滝澤クリニツクの通院の際もめまいを訴えており、事故後の早期の時点で耳なりやめまいの症状があること、本件事故前には難聴の兆候はなかつたが、本件事故後難聴となつたこと、外傷による難聴、特にむち打ち損傷のときは難聴が遅発することもあること(甲一四)からすると、原告の難聴を訴えた時期が事故後四カ月を経ていたとしても、本件事故と難聴との間に因果関係を肯定することが可能である。そして、難聴の原因は老人性難聴や心因性難聴以外にも例えば先天性、遺伝、薬物中毒、職業等種々あるが(乙六)、原告については、先天性をはじめ遺伝、薬物中毒、職業を原因として難聴が起き得る可能性を示す証拠はなく、本件事故以外に考えられる難聴の原因としては、老人性(原告が本件事故当時六九歳の老人であつた。)と心因性程度である。このうち、老人性難聴については一般に高音障害漸傾型のオージオグラムを示すのに対し、原告のそれは四キロヘルツで最低となり、八キロヘルツでやや回復するとの高音障害デイツプ型の様相を示し、また、右耳について、平成三年二月の五七デシベルから同年七月の四九デシベルへと回復の兆候を示していること、本件事故前には難聴の兆候はなかつたが、本件事故後急に難聴となつたことからすると、その可能性は低いというべきであり、心因性難聴についても、原告のオージオグラムの型がほぼ一定していることからその可能性は低いというべきである。これらの点に、原告の難聴についてその担当医が本件事故との因果関係を肯定しており、かつ、これを医学的に反駁する証拠がないことを総合すると、本件事故と原告の難聴との間に因果関係を肯定するのが相当である。

原告の難聴の程度について、原告は七級二号(両耳の聴力が四〇センチメートル以上の距離では普通の話声を解することができない程度)に当たると主張する。しかし、済生会宇都宮病院耳鼻科における聴力の検査結果はいずれも六分法による平均聴力レベルで左右ともに五〇デシベル前後であること、両耳の語音明瞭度については、平成二年四月九日における聴力検査の五〇%以下という検査結果しかなく、その後における明瞭度は不明であること、原告は、栃木県から補聴器を交付されたにもかかわらず、普段は補聴器を使用しておらず、また、原告本人尋問において補聴器を使用することなく尋問に応じていることを総合すると、原告の両耳は四〇センチメートル以上の距離でも普通の話声を解することができることが明らかであつて、原告の右主張は到底認めることができない。さらに、原告の聴力レベルが左右ともに五〇デシベル前後であることから一一級五号にいう両耳の聴力が一メートル以上の距離では小声を解することができない程度になつたとも考えられなくはないが、日常生活では補聴器が不要であることを参酌すると、自賠法施行令別表の備考六により、右一一級五号と一四級三号(一耳の聴力が一メートル以上の距離では小声を解することができない程度)との間にある一二級一二号と同等の後遺症を残すものと認めるのが相当である。

二  原告の損害額

1  逸失利益 なし

甲一九、二七、二八、二九、三〇ないし三二の各1、2、原告本人によれば、原告は、本件事故当時、建築資材の販売を目的とする有限会社宮本建設の代表取締役であり、同会社から役員報酬を得ていたほか、個人的に立木の伐採及び販売をして利益を得ていたこと、このうち、役員報酬については、昭和六三年は年二四〇万円、平成元年は年二五五万円、平成二年は年三〇〇万円を得ており、また、立木の伐採及び販売により昭和六三年は〇円(仕入れ価格が売上価格を上回つたため。)、平成元年は年四三一万二七八〇円、平成二年は〇円(原告が現場で充分作業できなかつたことと、仕入れ価格が売上価格を上回つたため。)を得ていたことが認められる。このように、役員報酬については、本件事故後は従前よりも増加していて、本件事故による後遺症が原因でこれが減少したことはないことは明らかである。また、立木の伐採及び販売についても、仕入れ価格と売上価格の兼ね合いで収入を得ることができないこともあり、右認定の事実のみでは、本件事故による後遺症のため原告の収入に現実の減益を来したものと認めることは困難である。その他、原告が本件事故による後遺症のため現実に収入の減少を来したことを認めるに足りる証拠はない。

また、前認定及び判断のとおり、原告の頸部等の局部神経症状として一四級一〇号の、両耳の難聴として一二級相当の各後遺症があり、これら後遺症のために身体的機能の一部を喪失したこと自体を損害と観念することができるとしても、局部神経症状の後遺症については他覚的症状はなく、両耳の難聴についても通常は補聴器をつけることを要せず、いずれも比較的軽微であること、これら後遺症によつても収入の減少が認められないこと、原告の右職種及び年齢(一般に労働可能年齢は六七歳といわれているところ、原告は本事故当時六九歳であつた。)を考慮すると将来これら後遺症によつて収入の減少を来す蓋然性に乏しいことを総合すると、労働能力喪失自体を理由とする逸失利益を認めるのも困難である。なお、この点は慰謝料で斟酌することとする。

3  慰謝料 四〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の結果、原告は、頸椎捻挫、腰部打撲、左顔面打撲等のため、平成元年一二月一二日から平成二年三月七日まで、関が原病院、日野中央病院、滝澤クリニツク及び済生会宇都宮病院整形外科に通院し(実質通院日数合計二〇日)、その後も滝澤クリニツクに平成三年三月三〇日までの間に合計三二日通院したこと、また、難聴のため、平成二年四月九日から平成三年七月三一日までの間に合計三四日、済生会宇都宮病院耳鼻科に通院したこと、このうち、再開後の滝澤クリニツクへの通院については症状固定後の治療である可能性が高いこと、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、通院慰謝料(傷害慰謝料)としては一〇〇万円が相当である。

また、前認定判断のとおり、原告は本件事故により一四級一〇号の局部神経症状及び一二級相当の難聴という各後遺症を残していること、このことを理由に逸失利益の喪失を認めなかつたが、慰謝料としては斟酌するのが相当であることを総合すると後遺症慰謝料としては三〇〇万円が相当である。

4  損害の填補

被告保険会社が平成三年四月一八日、原告に対し、自賠責保険金七五万円を支払つたことは当事者間に争いがないから、残額は三二五万円である。

四  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑みて、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金三五万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求のうち被告木下及び被告会社に対するものは(乙事件の請求)、同被告らに対し、連帯して金三六〇万円及びこれに対する本件事故の日である平成元年一二月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

また、原告の本訴請求のうち被告保険会社に対するものは(甲事件の請求)、一二級と一四級の後遺障害が存在する場合の自賠責保険金が自賠法施行令二条一項二号ホ及び同施行令別表(平成三年政令第三号による改正前のそれ。同政令附則二項参照。)により二一七万円であるところ、前示認定判断のとおり原告の後遺症による損害の額が弁護士費用も加えると三〇〇万円を下らないから右保険金の額を超え、また、原告が同保険金として既に七五万円を受領していることから、同被告に対し、金一四二万円及びこれに対する同被告に対する訴状送達の翌日である平成四年四月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである(なお、原告は、付随請求として年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めているが、自賠法一六条に基づく直接請求は、自動車事故による損害賠償を請求するのにほかならず、商事債権ではないから、民法所定年五分の割合とすべきである。)。

(裁判官 南敏文)

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